教育と人の生き方、哲学、歴史(アカルヒメと歩む過去から未来)

令和2年5月24日、49歳にて「えっちゃん」こと「阿迦留姫(アカルヒメ)」と時を超えて再会し、それ以来再度行動を共にしています。 元進学塾英語講師、ウェブデザイナー、現在ベンダー勤務。 教育関連をテーマに人の生き方、哲学、歴史(古代史)など

思いやりがなく、言わなければやってくれない時代、(この先に続く世界とは・・)


有名でファンの方も多い、江原啓之さんが常日頃から言われていることに、

 

今の時代、大人がいなくなった・・

 

皆が子供になった・・

 

思いやりがなく、言わなければやってくれない時代・・ 

 

自己憐憫(じこれんびん)、つまり自分が可哀想と憐れみ、

 

「あなたはあなたのままでいい、」

「あなたは間違っていない、」

 

みんな、そんな言葉が大好き・・

 


自己憐憫、(自分が可愛そう、)

責任転嫁、(あの人が悪い、)

依存心、(人に頼る、)


これらが不幸になる三要素・・・

 

 

江原さんの本を読んだり、ラジオを聞いていると、このような話が繰り返し出てきます。

 

でも私たち人間はつい、「自分はそうじゃない」「それには当てはまらない」とそう考え、それを認めたくないもので、

 

だからこそ私たちは、「自分がまさにそうなのだ」と、そう自分で気付くまで時間がかかり苦しみ続けるのかもしれませんね。

 

今の時代、よく言われていることに、

 

「言わなくても分かってほしい」は通じず、「言わなければ分からない」、そういう時代だと言われます。

 

しかし私が思うに、今の時代は更に進んで、

 

「いくら言っても、お互い分かり合えない・・」

 

そういう時代なのではないかと思っています。

 

だからお互い居心地がいい者同士で集まりを形成し、そして二極化の社会構造が進んでいくのかもしれません。

 

もしかしたらそれらの二極化は、人間界そのものが分離していくようなこともあるのかもしれません。

 

新型コロナ騒動の中、つい半年前にネットの Twitterのデマ情報に振り回され、スーパーで、分け合うことなく、購入個数制限のないトイレットペーパーを一人で抱え込んで買い占めていた人たちの姿が思い出されます。

 

思いやりを持たず他人に無関心、そして我が物として奪い合うその姿は、他の野生動物と同じ、いや、彼らとて仲間を守る集団行動を取るわけですから、私たち人間はそれ以下に成り下がっているのかもしれませんね。

 

特に子育ての最中となると自分たちのことで精一杯になってしまうものなのだと思います。私自身も過去を振り返ってそうだったのかもしれません。

 

しかし、戦後の何もない時代、食うや食わずの状況、子沢山の中で他人同士が分け合い、助け合い、復興してきたと聞きますから人間は本来他を思いやり助け合う心を持っているものなのだと思います。

 

不平不満を言う人は、常日頃からそれを言うことが癖になり、自ら不幸を呼び込み、更にまた不平不満を言う悪循環の繰り返し、更にそういった人はこの世を去って体を失ってもその不平不満を言い続けているのかもしれませんね・・

 

「思いやり」、たったその心を持つだけでこの世も過ごしやすく、そして先に続く未来も明るくなるのではないでしょうか。

 

先に引用させていただいた、

不幸になる三要素、

 

自己憐憫、(自分が可愛そう、)

責任転嫁、(あの人が悪い、)

依存心、(人に頼る、)

 

これらについて「自分は違う」、ではなく、「もしかしたら自分のことかも」と、

 

そして「自分は日々の生活で他者を『思いやる心』を持っているだろうか」と、

 

再度、私たちは自分自身を見つめ直してみる必要があるのではないでしょうか。

 

もちろん、私もです。

 

不満を持っても、不平を言っても何も変わらないのですから、

まずは自分自身が他を思いやる心を持つことから、

それにはまず相手の立場になって考える、まずはそこから・・、

 

本来は、大人が小さい子供に対して言うようなことなのでしょうが、今の世の中、大人がいなくて子供だけの世界になっているなら、自分たちで言い聞かせるしかないのかもしれません。

 

この記事を読んでいただいても、「確かに‥」と思われる方と、「いつも嘆きに近いことばかり書いてるな‥」と、不思議に思われる方の大きく二手に分かれるかもしれません。

 

でも生きている方にとっては、「無関心」が一番多いのでしょう‥‥

 

いずれにしましても、前者の「確かに‥」と思われる方は圧倒的に少ないと思います。

 

それは生きている方も、これを皆さんと一緒に読まれている背後の方々も同じかもしれません。

 

ほんの小さな「思いやり」、「譲り合い」、「助け合い」、そこから広がる自身の幸せ、相手の幸せ、家族の幸せ、世の中の幸せ、

 

それは、ほんの小さなものから始まり、そして造られていくもの、

 

それは破壊なくとも創造できるものではないでしょうか・・

 

そんなことを思う今日この頃です。

  

 

本日も最後までお読みくださり、有難うございました。

 

 

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