教育と人の生き方、哲学、歴史(アカルヒメと歩む過去から未来)

令和2年5月24日、49歳にて「えっちゃん」こと「阿迦留姫(アカルヒメ)」と時を超えて再会し、それ以来再度行動を共にしています。 元進学塾英語講師、ウェブデザイナー、現在ベンダー勤務。 教育関連をテーマに人の生き方、哲学、歴史(古代史)など

ご先祖さまへのお供えについて(形ではなく心の大切さ)

 

ご先祖さまへのお供えの件で、本日アカルヒメさまを通じ仏さま、お不動さま方々よりお話を聞かせて頂いたのですが、

 

私たちが普段ご先祖さまにお供えをさせて頂き御供養をさせて頂く時、ご先祖さまはそのお供えをどのように頂かれてるのだろうと、

 

「実際に仏壇の近くまで降りてきて食べたり飲んだりされているのでしょうか?」と、

 

そのような、よくある私たち人間が持つ疑問についてお話を伺っておりました。

 

ご先祖さま方々は実際にお供え物そのものがあるところまで降りてくるわけではなく、

それはお線香やろうそくも同じく、食べ物なども上のご霊界にて頂いており、これは味わうというよりは、実際は「お心を頂く」と、そのようなものであるそうです。

 

皆さまがご先祖さまを想い、感謝し、お供えをされる時、それは皆さま自身のご先祖さまに自動的に届くと、そのような流れになっていると聞きます。

 

そしてご先祖さま方々は全部を召し上がるわけでなく、皆さまに対して「功徳」という形でお返しをされるのだそうです。

 

また、皆さま自身が向上されていくことで皆さまのご先祖さまの霊位も同時に向上されると、そのように聞かされています。

 

私たちの日々の振る舞い、心の持ちよう、人としての成長、それらがすべてご先祖さまの霊位の向上につながるなど、私たちは思いもしないですよね。

 

しかし以前にも書かせて頂きました通り、将来には皆さんもそのご先祖さまの一員となり、皆さま自身のお子さまの「心」の成長、向上が、ご霊界での皆さま自身の霊位の向上につながるということになります。

 

そのためにも私たちは、この何気ない日常は当然のことなのではなく、その有り難さに感謝し、他を思いやる愛を持ち、そして実際に他のために「行動」することが大切なのではないでしょうか。

 

ちなみに私は次男であり、お仏壇などは我が家にはないのですが、以前住んでおりました家の表札をサイドテーブルの上に置き、そしてろうそくやお線香など、簡単に作った小さいスペースをご先祖さまとのつながりの場所にしています。

 

逆に言えば、立派な漆塗りの大きな仏壇があっても、「心なき御供養」は届かないものなのだと思います。

 

また、こちらの読者の方々は神社を回られる方々が多いかもしれませんが、出来ることなら神社だけでなく、時にご縁のあるお寺にてお線香をあげながらご先祖さまに感謝の気持ちをお伝えされてみてはいかがでしょうか。

 

神さまに強いご縁を頂いている私とて勿論、まずはご先祖さまあっての私たちと、その気持は忘れずに持ち続けています。

 

神仏習合というような固い話をするつもりはないのですが、明治の神仏分離以降、神と仏を分け神社の中から仏教的なものが排除されてしまったと言われますが、皆さまお気付きの通り、大きなお寺でも鳥居や神社があったりすることに気付かされます。

 

神仏習合は日本人の精神から自然発生的に生まれてきた信仰形態と言われますが、現代の私たちは本来の日本人の精神として、大切なものを失ってしまっているのかもしれませんね。

 

実際、神さまと仏さまはそれぞれの役割としてお互いに協力しながら、国、土地、そして私たち人間のことを見守ってくださっており、皆さまが信じる信じないは別にして、それをお伝えさせて頂きたく、

 

そして何よりも皆さまのご先祖さまが最も皆さまに近い存在であり、皆さまのことを最も気にかけて見守ってくださっていることを時に思い出して頂きたく、本日このような記事を書かせて頂きました。

 

いつもながら、皆さまが偶然この記事をお読みになられたのか、それともどなた様かのお導きがあってのことなのか、これをお読みになられた皆さまがご自身で何かを感じ取って頂くことが出来れば幸いです。

 

本日も最後までお読みくださり有難うございました。

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